マッスルミュージカルの地獄稽古|腕立て伏せモンスター賀出泰崇の誕生と進化
更新日:2 日前

午前3時、新聞配達に出る。
階段を約2,000段上り下りし、自転車で22km先の稽古場へ向かう。
公園で腕立て伏せを500回。
そこから8時間のマッスルミュージカルの稽古が始まる。
この日々を週6日、約3カ月。
私は2001年のTry Outから舞台に立ったオリジナルメンバーであり、腕立て伏せを演目に変えたプロのパフォーマーだ。
あの舞台で誰よりも腕立てを押し、スピードとスタミナを極限まで磨いた。
その日々が、腕立て伏せモンスター賀出泰崇を作った。
マッスルミュージカルはどう生まれ、どこへ向かったのか
発端はTBSの「筋肉番付」と深夜番組「ケイン・ザ・マッスル」。
演出家の中村龍史さんは、番組で集まったアスリートの身体能力に舞台の発想を重ね、音楽、笑い、跳び箱、ボディスラップ、超高速の腕立て伏せを組み合わせた。
2001年12月、彩の国さいたま芸術劇場で行われた「マッスルミュージカル2001 Try Out」は、当初一度きりの公演だった。
チケットは短時間で完売し、「筋肉番付」のゴールデン帯でも取り上げられた熱狂が、次の舞台を生んだ。中村龍史さんが語る誕生の経緯には、アスリートと演出家、スタッフが新しい舞台を作り上げた出発点が残っている。
2002年「ACT ON MUSCLE」、2003年「LOVE OF MUSCLE」「SUMMER」と全国公演。
2004年には横浜の専用劇場が生まれ、2006年と2007年にはラスベガスへ。
2007年に渋谷へ専用劇場を移した。
私が舞台に立った2001〜2003年は、その爆発的な拡大の起点だ。
初回から参加した人間には、まだ答えのない演目を身体で作る役割があった。
華やかな歴史には、出演者の労働環境をめぐる転機もある。
2007年、団員が労働組合を結成し、労働条件をめぐる争議は同年に和解した。
2006年の番組収録中に負傷した元団員については、2009年に労災が認定された。
映演労連・マッスルミュージカル支部の声明が、その経緯と舞台出演者の労働実態を伝えている。
2011年、旧公演は終了。
旧運営会社デジタルナインと関連の番組制作会社モンスター・ナインは、同年11月に破産手続き開始決定を受けた。
帝国データバンクの報告は、公演中止と事業継続断念を記している。
その後、別の体制で2016年にコラボ公演、2018年に「マッスルミュージカル2018」の復活公演が一日限定で上演された。
演出家と元メンバーが2008年に立ち上げた中村JAPANも、身体表現の系譜を引き継いでいる。
歴史は、舞台が消えた年で終わらない。
鍛えた身体が生んだ表現は、次の世代と別の舞台へ渡っていく。
私にとって2001年のTry Outは、腕立て伏せが芸として成立することを証明した日だった。
腕立て伏せヒーロー伝説6に、当時の舞台と私の歩みを残している。

なぜ私がTry Outのオリジナルメンバーに選ばれたのか
2000年の「三色筋肉」全国1位。
私の腕立て伏せを見た「筋肉番付」の樋口潮プロデューサーから声がかかり、2001年のメンバーオーディションへ進んだ。
当時26歳。私が選ばれた武器は、腕立て伏せ一本だった。
賀出泰崇の出演歴と競技実績にも、その出発点を載せている。
なかやまきんに君、池谷直樹さん、武井壮さんら身体能力の高い出演者が集まる中、私は「YMCAマッスル」の高速腕立て伏せでセンターを任された。
舞台に何人ものスターがいても、この演目の中央を腕立て伏せで支えたのは私だ。
戦隊ヒーロー出身の金子昇さん、永井大さん、賀集利樹さんとも共演し、「スポーツマンNo.1決定戦」のクイックマッスルで回数を出すコツを稽古中に伝えた。
腕立て伏せ競技を始めたのは1996年。ちょうど30年になる。
私が1995年にテレビで見た「ザ・ファイナル・プッシュアップ」は、腕立て伏せに人生をかける原点になった。
その番組を作った樋口さんに認められ、今度は自分がテレビと舞台で腕立て伏せを見せる側に立った。共演者と各公演の舞台裏には、さらに濃い物語がある。

1日8時間、週6日の稽古に何を上乗せしたのか
マッスルミュージカルの稽古は、台詞を覚えて立つ時間より、身体で演目を作る時間が圧倒的に長かった。
当時「世界一過酷」と呼ばれた稽古で、動きをそろえ、音を合わせ、体力が落ちても本番の表情とキレを保つ。
私は1日8時間、週6日の稽古に約3カ月通い続けた。
さらに、自分だけの地獄のフィジカル特訓を毎日の前後に重ねた。
時間 | 私の1日 | 身体に積んだもの |
03:00〜06:00 | 新聞配達。階段を約2,000段上り下り | 脚と心肺を朝から動かす |
10:30〜11:30 | 中野区野方から京浜島へ自転車22km | 稽古前の長距離移動 |
11:30〜12:00 | 稽古場近くの公園で腕立て伏せ500回 | 腕立ての反復と舞台への準備 |
12:00〜20:00 | 8時間の稽古。体育館でも腕立て伏せ500回 | 演目の反復と追加の腕立て |
20:00〜21:00 | 自転車で22km帰宅 | 1日合計44kmの移動 |
21:00〜03:00 | 就寝 | 翌朝に向けた6時間 |
雨の日も風の日も自転車で往復44km。
公園と稽古場で腕立て伏せは計1,000回。
新聞配達、移動、舞台稽古まで全部つないだ一日を週6日続けた。
配達で階段を駆け上がる。
自転車で稽古場へ向かう。
公園で500回押す。
8時間、舞台の身体を作る。
さらに体育館で500回押す。
当時のメンバーの中でも、私は腕立て伏せと体力に関して群を抜いたフィジカルモンスターだった。
この練習量と、その後の舞台とテレビでの結果が私の自信を支えている。
毎朝の疲労を抱えてもセンターで高速腕立てを成立させる。
そのために自分の身体を作り替えた。
公園の500回は、稽古場に着く前に自分へ課したウォームアップ腕立て伏せ。
体育館の500回は、8時間の稽古と同じ日に重ねた腕立て伏せだ。
週6日の稽古日だけで約6,000回。
私は1回だけ全力を出す身体と、疲れてからもう一度動き出せる身体を同時に作っていた。舞台で全員の動きを合わせる時間と、私だけが押し続ける時間。
この二つをつないだことが、私の稽古の特殊さだった。
短時間の速度と長時間の反復をどう組み合わせるかは、速筋と遅筋を両方鍛える方法でさらに掘り下げている。
私が求められたのは、舞台の開始時刻に間に合う体力だけではない。
公演の終盤でも音楽より遅れず、立ち位置を守り、最後の腕立て伏せで客席を沸かせる出力だ。8時間の稽古はそのための実戦環境だった。
反復を重ねるほど、筋肉の限界だけでなく、手の接地や呼吸、リズムの乱れまで自分で感じ取れるようになった。
地獄の反復はYMCAマッスルの高速腕立てにどう変わったのか
腕立て伏せを1,000回できる身体と、音楽の一拍に合わせて爆発的に押す身体。
私は両方を鍛えた。
2003年「SUMMER」で演出家の中村龍史さんから与えられた「YMCAマッスル」のテンポは220BPM。1秒間に約3.67回の超速腕立て伏せに相当する。
私は全公演そのリズムから一度も遅れず、演目を押し切った。
舞台では、その速い音に身体の切り返しを合わせ、立ち上がり、ジャンプ、回転から高速腕立て伏せへつないだ。
当時の舞台映像を見ると、音と動きが重なる瞬間が伝わる。
私は、フリースタイル腕立て伏せを日本の舞台パフォーマンスへいち早く持ち込み、2003年には360トルネードプッシュアップを全公演で披露した。
床から身体を弾き、空中で向きを変え、着地から再びリズムに入る。
これが「YMCAマッスル」の腕立て伏せ担当を、後にも先にも現れない唯一無二の存在にした。フリースタイル腕立て伏せの競技と技には、現在の採点と見せ方もまとめている。
演目に必要なのは、速さを出す開始位置、下降から上昇への切り返し、音と着地の一致、そして観客に届くフィニッシュ。
私は動作の切り替わるコンマ1秒を詰めた。
着地の一瞬に次の動きを準備し、センターで全員の視線を受け止める。
舞台の腕立て伏せは、筋力を音楽と歓声へ変える仕事だった。
腕立て伏せのプライオメトリックトレーニングでは、床を押して跳ぶ動作を別に掘り下げている。
振付を追うだけなら、観客の目はほかの出演者へ流れる。
私は腕立て伏せの一連の動きに、静止から爆発、回転から着地、さらに高速反復という変化を入れた。
演目の中心で音楽を身体に通し、最後の一拍まで責任を持つ。
2001年の創設期から2003年の地方公演まで、腕立て伏せが主役になる時間を自分の手で作った。
舞台の特訓は30秒102回と1時間への挑戦にどうつながったのか
2003年、舞台公演中にTBS「体育王国」の30秒高速腕立て伏せ企画へ声がかかった。
準備できたのは約2〜3週間。
決まった振付と回数を音楽に合わせる舞台から、開始直後に最高速へ入り、30秒間で回数を競うテレビの勝負へ切り替えた。
私が狙ったのは、下降と上昇の反転を滑らかにするアジリティ、そして一気に最高速へ乗せるクイックネス。
方向転換のロスを減らし、スタートで迷わず加速する。
ラダードリル、変化走、タイミングドリル、反応トレーニングも敏捷性と反応を磨く手段になる。私がこの勝負で詰めたのは、高速腕立て伏せそのものの開始と切り返しだ。
結果は30秒102回。
TBS「体育王国」のアーティスティックパフォーマー企画で打ち立てた番組公認の世界記録だ。その挑戦の詳しい記録に経緯を残している。
現在の私の30秒フルレンジ最高は50回。
2026年6月27日、50回目を29.44秒で終えた。
30秒腕立て伏せ競技の判定条件では胸の深さと肘ロックまでそろえて競う。
2003年の102回は当時の高速腕立て企画、現在の50回はフルレンジ競技。
それぞれの舞台で、私は速度と完成度の頂点を追っている。
もう一つ、私には幻の1時間挑戦がある。
2003年夏公演の後、TBS「黄金筋肉ゴールデンマッスル」から「1時間連続腕立て伏せでギネス世界記録へ挑む」企画のオファーを受け、出演が決まった。
2003年の私は、人生最高の体力と気力とモチベーションでその挑戦を迎えるつもりだった。
1時間と連続ノンストップ記録の歩みには、長時間へ挑み続けた背景がある。
しかし、諸事情でギネス記録への挑戦企画は白紙になった。
1999年のBS番組での1時間挑戦の失敗を踏まえ、肘を最後まで伸ばす改良フォームで練習時には70%ほどの力で3,600回を超えていただけに、もし挑戦出来ていれば腕立て伏せの世界に今なお破られていない金字塔を打ち立てられたと思うと当時は悔やまれた。
舞台で押した1回が、30秒の速度を作った。
積み重ねた1,000回が、1時間の挑戦を支えた。
私にはその両方があった。
手のひらが破れても、なぜ全公演を走り切ったのか
公園のアスファルトや砂利で、素手の腕立て伏せを何カ月も重ねた。
稽古の体育館では汗をかいた手のひらが床とこすれる。
本番直前、右の手のひらの皮が赤い部分まで剥けた。
センターを担う「YMCAマッスル」は、代役の利かない演目だった。
私はテーピング、手袋、ワセリンなどを使い、全公演を走り切った。
本番前には超集中状態「ゾーン」へ意識を引き上げ、アドレナリンとエンドルフィンで痛みをコントロールした。
2003年8月26日の長崎公演。
長崎市公会堂のセンターに登場した瞬間から大きな歓声が起きた。
約1,700人の観客は、腕立て伏せの最中も声を上げ続け、私が終わりに放った「ピンポーン」で拍手がさらに膨らんだ。
あの熱と震えは、舞台に立った者だけが全身で知る。(後にも先にもあれ程の歓声を一身に浴びる経験はないと思っている)
私が腕立て伏せを観客の記憶に刻んだ瞬間だ。
あの傷を負ってしまった失敗から今の私が選ぶのは、掌の状態まで含めた稽古の設計だ。
動作を磨く日、回数を積む日、舞台で全力を出す日。
それぞれで床材、手の接地、反復数を決める。
手のひらは毎回、体重と摩擦を受け止める舞台の道具だからだ。
姿勢や可動域を点検する公式競技ルールと同じように、接地面も一回ごとに見る。

地獄の稽古で得た3つの能力を、今どう使うのか
私の中に残ったのは、次の3つだ。
7つの肺を持つようなスタミナ。
腕立て伏せのスピードをコンマ1秒単位で操る能力。
本番前に集中を最高潮へ引き上げる力。
これは私が稽古と本番で磨いた能力の言葉だ。
🦾新聞配達と44kmの自転車、毎日計1,000回の腕立て、8時間の舞台稽古が、長く動ける身体を作った。
🦾220BPMの演目と30秒勝負が、押す速さと切り返しを研ぎ澄ました。
🦾センターで注目を浴びる経験が、観客を前にして出力を上げる集中を育てた。
速さと持久力を両立させる私のトレーニング思想にも、その原点がある。
今、腕立て伏せの記録を伸ばすなら、最初に本人の1回を見る。
胸の深さ、肘の伸び、体幹、足の位置。
30秒の速さを狙う人には、動作をそろえた短い全力試技と十分な休息を組み合わせる。
3分の持久力を狙う人には、通過回数と後半のフォームを見てペースを設計する。
舞台に立つ人には、音への入り、視線、技のつなぎ、最後の一拍まで稽古する。
腕立て伏せ専門パーソナルトレーニングでは、一人ひとりの課題に合わせてその順番を組む。3分腕立て伏せ競技の記録と演目の作り方は、私の身体の中でつながっている。
一回を正確に押す。
同じ一回を速く押す。
その動きを舞台で見せ切る。
これが私の腕立て伏せの進化だ。
腕立て伏せモンスターの次の舞台へ
「筋肉番付」の競技、マッスルミュージカルの舞台、テレビでの記録挑戦。
その後も腕立て伏せとベンチプレスの身体能力を磨き続け、50代の今も強い相手と勝負できる身体を作っている。
武田真治さんとの腕立て伏せとベンチプレスのモンスター対決。
世代を超えた筋肉バトルのライブショー。
私なら、記録の緊張感を舞台の熱狂へ変えられる。
私は腕立て伏せの選手であり、演者であり、企画と演出を組み立てるプロデューサーだ。
筋肉番組、企業イベント、舞台の企画では、競技ルール、見せ場、出演者の役割まで一つの作品にする。
筋肉パフォーマーのキャスティングにも、私のパフォーマンスの現在地がある。
腕立て伏せを主役にした筋肉バトルの制作は、筋肉番組の企画ページから相談してほしい。
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🧠ARTICLE COMPLETE🦾
🆕KNOW|あの舞台の熱を知る
読んだ知識を、次の挑戦へ。
「YMCAマッスル」の映像と私の体験をたどり、腕立て伏せが演目になる瞬間を見てほしい。稽古の汗も観客の歓声も、1回を磨く理由になる。
🆙 TRAIN|自分の1回を鍛える
腕立て伏せを、専門的に鍛える。
腕立て伏せモンスター養成講座。日本一の腕立て伏せの専門知識と規格外の身体能力を持つプロフェッショナルが、あなたを腕立て伏せの怪物へと導きます。個別指導では、現在のフォームと目標を見て、速度、持久力、舞台での表現をそれぞれ磨く。舞台のように本番から逆算した練習で、毎回の動作を成果へつなぐ。
🆚 MEASURE|成果を競技へ変える
腕立て伏せを、記録挑戦へ。
胸の深さ、肘ロック、体幹をそろえた1回を積み、30秒や3分の記録へ挑む。数えた回数が、次の稽古の設計図になる。計測や記録会の体験から、自分の腕立て伏せの現在地をつかんでほしい。








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