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腕立て伏せはどう進化した?古代インド~近代体操から筋肉番付・現代競技まで

2023年4月12日
読了時間: 14分

更新日:6 時間前

腕立て伏せはどう進化した?古代インド~近代体操から筋肉番付・現代競技まで

腕立て伏せは、いつ現在の形になったのでしょうか。

古代インドで生まれた。

古代ギリシャの戦士が行っていた。

軍隊から世界へ広がった。

20世紀に現在のフォームが完成した。

腕立て伏せの歴史には、こうしたさまざまな説明があります。


しかし史料を一つずつ追っていくと、もっと面白い姿が見えてきます。

腕立て伏せは、ある一人が発明して完成させた運動というより、

世界各地の身体文化が長い時間をかけて合流し、形・目的・ルールを変えながら進化してきた運動

と考える方が、その歴史をよく説明できます。


インドのDand。

古代ギリシャの競技者が行った身体鍛錬。

19世紀ヨーロッパの体操。

学校体育や軍事訓練。

フィットネス。

テレビの筋肉競技。

そして、センサーで一回を判定する現代の腕立て伏せ競技。


同じ「腕立て伏せ」でも、時代によって意味はまったく同じではありません。

今回は世界と日本を行き来しながら、腕立て伏せが何を受け継ぎ、何を変えて現在へ到達したのかを追っていきます。


腕立て伏せの歴史は「発明史」ではなく進化史

腕立て伏せの歴史を調べると、

「最初に誰がやったのか」

を知りたくなります。

しかし、そこだけを探すと行き止まりになります。


地面へ手をつき、自分の身体を支え、腕で押し上げる。

これほど基本的な人間の身体動作に、明確な一人の発明者が存在したと考える方が難しいからです。

身体文化史研究者Jan Toddも、腕立て伏せの初期史を調査した際、最初の腕立て伏せを行った人物を特定することはできないと述べています。彼女の調査では、現在の腕立て伏せに非常に近い明確な記録を1819年まで遡ることができました。


そこで本記事では、

誰が発明したか

よりも、

どのような身体文化を通過し、現在の形へ近づいたのか

を軸に考えます。

大きく分けると、進化は次のように見ることができます。

時代・段階

腕立て伏せにつながる変化

太古・先史時代

押す・支える・這う・登るという基本動作

古代〜伝統的身体文化

競技・レスリング・身体鍛錬が体系化

インドのレスリング文化

Dandなど腕支持型の反復運動

19世紀

現代型プッシュアップに近い運動が文献化

20世紀

体育・軍事・フィットネスを通じて広く普及

1990年代以降の日本

テレビで「回数を競う腕立て伏せ」が大衆化

現代

可動域・速度・センサー・競技ルールまで細分化

さらに前史まで遡りたい方は、

で、人類の基本動作そのものから追っています。


古代インドではなく「インドのDand文化」を見る

腕立て伏せ史では、古代インドが起源として紹介されることがよくあります。

ここで重要なのがDandです。

Dandは、インドの伝統的レスリングで行われてきた代表的な自重運動。

腰を高くした状態から身体を前方へ送り、胸を地面近くへ通しながら上体を起こし、再び開始姿勢へ戻ります。


一般的な現代型プッシュアップとは違い、身体を一直線に固定して上下する動作ではありません。

しかし、

腕で身体を支える。

肘を屈伸する。

胸を地面へ近づける。

全身を連動させる。

反復する。

という共通要素を持っています。


北インドのレスリング文化を研究した人類学者Joseph S. Alterは、DandとBethakをレスラーの基本的な鍛錬体系の中心として記録し、Dandをjackknifing push-upに近い運動として詳しく説明しています。

ただし、

現在知られているDandのフォームが何千年前からまったく同じ形で行われていた

と年代まで固定するには、より直接的な史料が必要です。


だから「紀元前○千年に腕立て伏せが発明された」と一点へ固定するより、

インドには、腕で身体を支持しながら全身を反復して動かす長いレスリング鍛錬文化が存在する

と捉える方が歴史として強い。

Dandとヒンズープッシュアップをさらに深掘りする記事はこちらです。


古代ギリシャ|腕立て伏せより重要なのは「鍛える文化」があったこと

古代ギリシャも、腕立て伏せの歴史で頻繁に語られます。

古代ギリシャの競技者たちが身体能力向上のためにさまざまな訓練を行っていたこと自体は、古代文献から確認されています。


歴史研究では、走能力を高めるトレーニング、レスリング、重量を使った運動などが記録され、複数日のトレーニング周期も存在していました。

重要なのは、

古代ギリシャが現代型腕立て伏せの発祥地だった、と無理に結論づけることではありません。

もっと大きな変化があります。

生存のために身体を動かす段階から、

より速く、より強く、競技で勝つために意図的に身体能力を鍛える

という文化が高度に発達したことです。


これは腕立て伏せを含むトレーニング史全体にとって大きな転換点です。

現在確認できる資料から、古代ギリシャの競技者が現代型プッシュアップを何十回、何百回と反復していたとは言えません。

しかし、

走る。

跳ぶ。

投げる。

組み合う。

重量を扱う。

自分の身体を制御する。

こうした能力を専門的に鍛える文化が存在した。

腕立て伏せにつながる身体文化の歴史として、十分に重要な一章です。


1819年|現代型腕立て伏せの歴史に現れる決定的な一枚

腕立て伏せの歴史が一気に具体的になるのが19世紀です。

1819年。

スイス出身の体育家Phokion Heinrich Cliasが出版した体操書には、両手と足先で身体を支持して地面へ胸を近づける、現在の腕立て伏せに非常に近い運動が登場します。


その名称が、

「Kissing the Ground in Equilibrium on the Arms and the Points of the Feet」。

意味としては、

腕と足先で均衡を保ちながら、地面にキスをする。

何とも美しい名前です。


テキサス大学オースティンのH.J. Lutcher Stark Centerで身体文化史を研究するJan Toddが、この資料を腕立て伏せ初期史の重要な記録として紹介しています。

そしてさらに面白いことがあります。

1850年にはフランスの体操書でDandに近い動作が図示され、1894年にはEugen Sandowが現在の腕立て伏せによく似た動きを「Chest Expanding Exercise」として写真で紹介しています。


ここで見えてくるのは、

動作が先にあり、現在のpush-upという名称が後から定着した

可能性です。

腕立て伏せの歴史は、名前より動作の方が古い。


この特徴は、日本語の「腕立て伏せ」の語源にも共通します。

では、日本語名の成立を別の角度から追っています。


19世紀から20世紀|腕立て伏せは「教えられる運動」になった

19世紀以降、身体運動は書籍、学校、軍隊、体育制度などを通して、より再現可能な形で教えられるようになります。

ここが、腕立て伏せの進化で非常に重要です。

誰かが個人的に行っていた身体動作から、

姿勢を決める。

動作を決める。

反復する。

回数を数える。

人へ教える。

能力を測る。

という運動へ変化していきます。


日本でも、のちに「腕立伏臥」「腕立伏臥腕屈伸」といった体育用語が使われるようになり、「腕立て伏せ」という日常語が社会へ定着していきました。

つまり20世紀の腕立て伏せは、

身体文化から標準化された運動へ

進んでいった時代と言えます。


フィットネス時代|器具が増えても腕立て伏せは消えなかった

20世紀には、ウエイトトレーニング機器、バーベル、ダンベル、トレーニングマシン、フィットネスクラブなど、身体を鍛える選択肢が大きく増えました。

それでも腕立て伏せは消えませんでした。

理由は単純です。

自分の体重が負荷になる。

広い設備を必要としない。

初心者でも始められる。

難易度を無数に変えられる。

回数を測れる。

フォームも評価できる。

筋力・筋持久力・身体操作を同時に要求できる。


しかも、

ワイド。

ナロー。

ダイヤモンド。

デクライン。

プライオメトリック。

片腕。

Dand系。

現在では数え切れないほどのバリエーションがあります。

フィットネス機器が進化するほど、逆に「何も持たずにできる」という腕立て伏せの価値が際立っていったとも考えられます。


筋肉番付・クイックマッスル・3ミニッツプッシュアップへ進化した日本の腕立て伏せ競技史

日本で起きた大転換|腕立て伏せが「見るスポーツ」になった

ここからは、私自身の腕立て伏せ人生と完全に重なります。

1990年代、日本のテレビにTBS『筋肉番付』が登場しました。


腕立て伏せは、それまで学校体育や部活動、筋力トレーニングとして行うものというイメージが強かった。

そこへ、

何回できるのか。

誰が一番強いのか。

という明確な勝負が持ち込まれました。


クイックマッスル。

三色筋肉。

THE FINAL PUSH UP。

腕立て伏せがテレビの前で「競技」になった。


私自身も1996年、TBSのクイックマッスルへ出演しています。

そして2000年には筋肉番付の姉妹番組『新肉精鋭』三色筋肉で1位になりました。


「この経験は、腕立て伏せが競技として人を熱狂させる可能性を実感した大きな転機でした。」

腕立て伏せが「筋トレ」から「才能を競うもの」へ変わった瞬間を、当事者として体験した時代です。


無名の一般人でも、腕立て伏せが圧倒的に強ければ主役になれる。

身体一つで勝負できる。

腕立て伏せに特化した人間が評価される。

この世界観は、私を含め多くの腕立て伏せ好き、筋トレ好きの心を強烈に刺激しました。


「筋肉番付式」が残したもの|スピードという新しい価値

クイックマッスルの大きな特徴は、腕立て伏せを「速さ」と「回数」で見せたことです。

3分間で何回できるか。

一回をどれだけ短くできるか。

疲労してもどこまで反復できるか。

これは一般的な筋力トレーニングとは違う価値観でした。


一方で、テレビ競技として高速・高回数を成立させるため、顎側で下降を判定する形式が使われたことで、現在でも「高速腕立て伏せ=浅い可動域」というイメージが残っています。

私は長年、この問題を実際に腕立て伏せを行いながら検証してきました。


顎を基準にするフォームと胸を基準にするフォームでは、身体の中心部が下降する距離が大きく変わります。

私自身の比較では、体幹から大胸筋周辺の位置に床上15〜20cmほどの差が生まれるケースも確認しました。

だからスピードを競うこと自体が問題なのではありません。


重要なのは、

何を一回として数えるのか。

ここです。


2024年|3分間腕立て伏せが再び全国放送へ戻った

2024年12月31日。

TBS『大晦日オールスター体育祭』で、3分間の腕立て伏せ回数を競う「3ミニッツプッシュアップ」が放送されました。


腕立て伏せ回数競技が、再び大晦日の全国放送へ戻った。

私にとっては非常に象徴的な出来事です。

1990年代にクイックマッスルを見て熱狂した時代。

1997年に三色筋肉へ挑戦した自分。

2003年のクイックマッスル。

そして2024年の3ミニッツプッシュアップ。

約30年をまたいで、一つの腕立て伏せ競技文化が形を変えながら続いています。

これも「進化」です。


回数だけでなく深さ・伸展・体幹・テンポ・公平性を競う現代の腕立て伏せ競技進化

腕立て伏せの進化は「回数」から「一回の質」へ進んでいる

腕立て伏せ競技の次の進化は、単純に記録を増やすことだけではないと私は考えています。

何回できたか。

そこへ、

どこまで下げたか。

どこまで上げたか。

肘は伸びたか。

身体ラインは保たれていたか。

休止していないか。

正しい一回だったか。

という情報が加わっていく。


つまり、

COUNTからQUALITYへ。

さらに、

COUNT+QUALITYへ。

です。


PUSH-UP THE HEROでは、

胸側の下降判定。

肩側の上昇判定。

手位置。

身体ライン。

FULL RANGE MOTION。

時間。

テンポ。


こうした条件を組み合わせながら、腕立て伏せをより明確な競技へ進化させています。

現在の競技基準は、

で確認できます。


腕立て伏せは一つのフォームへ向かって進化したわけではない

歴史を「古いフォーム→新しいフォーム」と一直線に見ると、もう一つ重要なことを見落とします。

Dandがあって、現在のストリクトプッシュアップが生まれた。

だから現代型がDandより上位。

そういう単純な関係ではありません。

目的が違います。


DandにはDandの身体操作があります。

高速競技には高速競技の技術があります。

FULL RANGEには最大可動域を制御する能力があります。

フリースタイルには、爆発力・空中動作・創造性があります。

テンポ競技には筋持久力とリズム維持があります。


腕立て伏せの進化とは、

古いフォームが消えて一つの完成形になることではなく、目的ごとに枝分かれし続けること

なのかもしれません。

この視点で見ると、現在のフォームさえ最終形とは限りません。

では、その先を考えています。


現代|腕立て伏せは「筋トレ」だけでは説明できなくなった

現在の腕立て伏せには、非常に多くの顔があります。

健康運動。

筋力トレーニング。

自重トレーニング。

学校体育。

体力測定。

軍事・職業体力評価。

リハビリテーション。

カリステニクス。

ストリートワークアウト。

フリースタイル。

テレビ企画。

記録競技。

パフォーマンス。

そしてセンサーによる計測。


床へ手をついて身体を上下するだけの運動が、これほど多くの領域へ広がっています。

現代の進化で特に大きいのは、

「人間の目だけで判定する運動」から「測定できる運動」へ進み始めていること

です。

回数。

時間。

深さ。

速度。

テンポ。

可動域。

フォーム。

腕立て伏せにデータを与えれば、これまで主観で評価されていた能力を比較しやすくなります。

腕立て伏せの歴史は、身体運動史からスポーツ計測史へ入り始めています。


「筋トレ」から「スポーツ」へ|次の進化はルールが決める

サッカーにはフィールドがあります。

陸上競技には距離があります。

重量挙げには成功条件があります。

競技として発展するためには、

何を成功とするか

が必要です。


腕立て伏せも同じです。

胸はどこまで下げるのか。

トップでどこまで伸ばすのか。

身体ラインをどうするのか。

手幅は自由なのか。

休んでよいのか。

何秒で競うのか。

テンポを固定するのか。

このルールを変えるだけで、腕立て伏せはまったく別の競技になります。


だから腕立て伏せの未来は、一つの世界記録へ集約されるとは限りません。

30秒。

60秒。

2分。

3分。

TIME TRIAL。

SURVIVAL。

BREAKPOINT。

REAL NONSTOP。

FREESTYLE。

それぞれが異なる身体能力を競う。

私はその方が、腕立て伏せという運動の本当の可能性に近いと考えています。


腕立て伏せの進化を一本の線で見る

ここまでの歴史を、もう一度一本につなげます。

太古

人間が押す、支える、登る、身体を動かす。

古代・伝統的身体文化

身体能力そのものを鍛える文化が発達する。

インドのDand

腕支持型の反復運動がレスリング文化の中で継承される。

1819年

現在の腕立て伏せに非常に近い運動が明確に文献へ現れる。

近代体育

運動が名称・フォーム・反復方法を持ち、人へ教えられる。

20世紀フィットネス

腕立て伏せが世界的な基本運動として広がる。

1990年代の日本

『筋肉番付』などによって、腕立て伏せがテレビ競技になる。

現代

フォーム・可動域・センサー・時間・ルールによって複数競技へ分岐する。

こうして見ると、腕立て伏せは何千年も同じことを繰り返してきた古い運動ではありません。

時代が変わるたびに、その時代の価値観を吸収してきた運動です。


腕立て伏せは、まだ完成していない

1819年にCliasが記録した運動。

インドのレスラーたちが繰り返したDand。

体育で行う腕立伏臥腕屈伸。

『筋肉番付』のクイックマッスル。

2024年の3ミニッツプッシュアップ。

そして現在のセンサー判定競技。


同じ系譜の中にありながら、すべて違います。

だから私は、

「現在の腕立て伏せが最終完成形である」

とは考えていません。

100年前の人が現在の腕立て伏せ競技を想像できなかったように、私たちも100年後の腕立て伏せを完全には想像できないでしょう。


しかし、一つだけ変わらないものがあります。

自分の身体を、自分の力で押し上げる。

この極めて原始的な動作です。


古いから残っているのではない。

シンプルだから、何度でも進化できる。

それが腕立て伏せです。


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腕立て伏せの歴史は、まだ途中です。

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